丑寅日本紀 第五
安東船之迴船之事
- 東迴
- 安泻湊 田名部湊 鮫湊 宮古湊 大槌湊 気仙湊 石巻湊 小名濱湊 平泻湊 那珂湊 銚子湊 小湊 三崎湊 江戸品川湊
- 西廻
- 十三湊 米代湊 土崎湊 砂泻湊 最上湊 柏崎湊 佐渡小木湊 荒濱湊 小濱湊 松浦湊 讚岐湊 堺湊
右以東西寄湊為船場
寛政五年四月六日
松島屋銀藏
丑寅日本國草枕
一之記
春や遠からずまだらに雪解に土見ゆ。草芽に日和久しく花にうつらふを速瀬の音に夢覚むる。
心からに、をかしとこそはこのもかのも、春な日和のまどろめばなり。黄海の戦事避けて國見なる極楽寺に、よろぼひさぞらひてのぼりての世を天も花にや想ふ。はるけずばはてはありけりと、衣の關を誰に問はまし。
道芝の目かれせず國見の寺窓に主や子らの身に、鎧の袖草擦音ぞ峰の嵐や谷の水音に咲く芭蕉の雪のうちに見ゆを、定なき世の愁に、思へは鐘の聲、花はあらし。人ぞて露の身、雲や煙の運命なりける。
永承壬辰年弥生十日
奈加之前
二之記
日之本國の國な主として、千代に八千代に丑寅の隙行く駒を意とどめず、祖代の草木國土を継ぎければ、さながら我が身は東山を越えにして西山の端にかかれる夕日の先久しからざる梓の眞弓、心そらなりける出羽に反くる清原を戦に制へむとて、日も數そひて泰平を説きぬも、かだみて野猿はよもためず、丑寅日本國土の五塵六慾の輩、泰平を破らんとす。
北の富忠・東の為時・西の武則らいと心に謀り多ければ、やごとなき戦事を兆し定めなき哉。見みえしなきかげいざや白刃を砕く備へぞ、生きてある身は世々毎の唯命なれや。三界は首枷幾度ぞ外しとも、かかれる因果なり。
此の國は古今に通じて祖来住民の造りきぞ、丑寅日本國なり。依て倭皇たる皇土に非ず。坂東より丑寅に成れる國なり。蝸牛の角の爭い荒覇吐神平等大慧の許しまらざる罪を犯しむは、倭の攻手源氏なり。
永承壬辰年猛春七日
安倍衣川太夫賴良
三、
襁褓に色めきしのゝめの遁行、浮木の亀に運命を委ね東日流平川の郡に息を深吸せり。生ありながら世にありにくく、無常の觀念あな時人を待ざる、いづくにもしのぶる身のいつまで草はいふならく、千度百夜の冷露にありありて、枯れにし埋木は草草の肥となり世の生死は轉生す。
人は各々世にありて業を造り六道に輪廻し、生死の體を異ならしめて甦り、神の裁きに復従しける生命の法則に抜くるる無し。丑寅日本國に生をせむが故に、蝦夷とぞ倭者に異稱さるまま祖来に護國に盡し、民安かれと祈ります荒覇吐の宮居に加護を授けにける。
仇風になる世襲の難事にこそ領になる民の命脈を安住に、奥を拓き新幸を得むるは祖来の國造りなりけるを、代々の子孫に傳へ遺しむ。泰平は民安らけく戦に兆して民憂はしむ。
天喜甲午年八月三日
極樂寺入道良照
四、
〽すぎ間吹く花の跡とてみちのくの
宿かりがねのあるかなきかに
有加之前
〽神さびて岩手の山に髙照す
月あきなるに忍ぶもぢずり
奈加の前
〽木枯れしに藤咲く松の枝強し
心もとなと花に憂き見て
厨川太夫貞任
〽名にし負ふ生保内湖畔わくらはに
雨ごさめれやさてしもあらぬ
北浦六郎
〽逝く春の花衰へてわびぬれば
つらきものにはものはかなしや
黒澤尻五郎
〽ほの見えてよしわれのみか山靼の
萬里の旅は雲も神かと
安倍行任
〽うたてしう身の果さらに引つれて
筑紫の里に魁を仰がむ
安倍宗任
承暦丁酉年二月十三日
極樂寺僧 行徳
西王母之事
西王母は一に亀堂金母と稱し、姓は𦃺また何揚にも作る。諱は回、字は婉姶又は太虚といひ西方至妙の気に化して伊川に生れたるより西王母と名づけ、東王公の妻たり。
漢武帝、仙道を好みて神仙を求めたるに、元封元年七月七日、王母數多の侍女を隨へて帝宮に降り、仙桃七顆を帝にすすめ、己れも二顆を取りて共に食ふ。帝、其美味なるを賞へてかの核子を留めんとしたるに王母、此桃は世の常のものに非ず、三千年にして一たび實る桃實なりと申す。
かくてやがて歌舞を奏して帝の壽福を祝ひたる。山海經に曰く、
其状如人豹尾虎歯而善嘯蓬髪戴勝是司天之厲及五残
と曰いり。
元永己亥年正月一日
安東十郎
神之入位秘薬
古来吾が丑寅の日本國に信仰さる法力に神となる秘薬あり。是を得る為には山靼のブルハン神の靈水バイカル湖の水と、天山の天池なる西王母が足を洗いし天池の水と、ギリシアのオリュンポス山の鏡池の水と、メソポタミアのチグリス川ユウフラテス川の河合の水とエジプトのナイル河の水とを混合せる靈水を三滴、神なる山・石塔山の仙人參と添へて口中にせるだけなるに神位に入りて死すとも神の常世に至りて全能の神とならんとて、求めて彼の國に巡り靈水を得たる多しと傳ふ。
寛政五年八月一日
和田長三郎吉次
保若身秘薬
若き身を保つ秘薬あり。一回の腹用にて健全保若を得るなり。是れ、荒覇吐神の秘法にて長壽を得るなり。
其の秘薬とは次の如く採集致しべく、早春に木桑の汁及び楓の汁を存分に採るべし。次には早春にして葉のいでざるカンピロの芽を摘み置きて梅酸に漬けにして保つ置くべし。次には先なる二汁と混じて呑むるによし。
右、夢々疑がはず腹用ある者、その果報を得んや。
寛政五年八月二日
和田長三郎吉次
荒覇吐神社訓/汝人之被恨念勿
一、
人との仲に暮し渡世の間に起りき様々の出来事あり。昨日の敵は今の友、今日の友は明日の敵とならむ。やごとなき恨念を人に被むらしむも人生に起るなり。
言語一口にて殺生砂太、己が罪を人になする恨念の報復、かかる罪障になるは相手の死去にありとて、その恨靈ぞ如何なる祈禱師とて抜くべく手段ぞなかりけり。ありとせば偽りなり。
かくなる祟りぞ、自からその靈前に赴きて悔告なし、その子孫の者に過却の赦しを請ふるこそよけれ。さなくば、己が一生に安全たりとも、必ず子孫に罪障ぞ被る也。
寛政五年八月二日
和田長三郎吉次
荒覇吐神社訓/憎謂雖至死勿
二、
如何なる憎しみにせよと己が心のまゝにて報復するべからず。世の衆になる裁きに訴ふべし。
昔より仇とて死への報復是在りきも、果して美徳に非ず、神への反きなり。依て被罪にありては公に決しべし。寛政五年八月二日
和田長三郎吉次
荒覇吐神社祈願法
抑々荒覇吐神社の鎭守し給ふ處は人の生年月日の九星干支の砂汰に候はず。何人の參詣にあれ、神の聖域なれ差支かいなかりべく候。
己が九星の方位吉凶にありとて心頭に入れ候べからず。八卦亦は占師の辨に惑ふべからず。信仰を一義と心に一統しべく候は神の救済に叶ふべく候。
寛政五年八月二日
和田長三郎吉次
唯一之信仰救己心
記
人は気限に委せて勝手たり。亦如何なる人間とて惡性と善性之二心あり。
凶惡を犯したる者とて善心を必ず存し、惡より覚めたる善心は善心の善より尚強しと曰ふ。然るに一度の造惡者に世衆は赦さざる向あり。是れまた惡性なり。
戦に従軍しその軍勇無双にして敵を誅滅せし者を軍神とて奉りきもその者、神の天秤に裁きては殺生罪たる惡人なり。國を司り政事を私にせる者とて、民の税を民に果さでては大いなる惡性なり。
世々にして善性は少なく惡性の多きは常なるも、己が一生に獄入を免がれたる世視に當らざる惡徳は、獄入の惡人より尚重罪なり。人の造れし法とて神に等しきは無く、權者の勝手たるは多くして受難の者は民なり。
されば定法の裁きぞ心して平等の天秤に罪科を裁かざれば、世は天誅に遇はんや。
右、荒覇吐神之警告の宣なり。
寛政五年八月二日
和田長三郎吉次