丑寅日本紀 第一

孝季

豊實種之幸國

橅・栗・栃・楢・七竈の繁る丑寅日本國の古代なる大森林に群なす鳥獣の國土。その分水嶺になる澤々の渓流を集めて流る麓の河畔の土肥えて繁る葦の原。

湖畔や沼に稔る菱の實、野づらに葡萄・通草・野苺・こくわの實・百合根や山芋、海濱に採集せる貝、萢地に巣造る諸鳥の卵など。丑寅日本に草分けの一歩を踏ける七萬年乃至十五萬年前の古代人なる祖先にありき人々の暮しぞ豊かなりける。地を境なく相互なる人の睦ありて山野の大獣、海なる海獣を狩猟しける大古の爭いなき人の暮しより人の歴史は創まれり。

人智招慾犯闘殺

代々を經て地に人の満つては掠奪・生々移住・殺生・奴隷・人格・武威・智覚・學者・信仰・富者・貧者・祈禱師ら集合雑居にして民族を結し、弱集の者を併せ族主を立て、これぞ國の創めたる國王なる創めなり。

無法にして王が一存の勝手たるものは反かれて誅伐となり、尋常なりと曰へども謀りて殺生さる王位の權謀、爭って戦を起し徒らに人と人との殺掠あり。そのくりかえしぞ、今にぞ何事の変らざるなり。

是の如きは、丑寅にはなかりき。冬雪の籠り永ければ諸事に於て相授け合はずして生々ならず。人命尊重を掟の一義とせり。是の如く古来より倭人と生々異にせるを、倭史にて化外なる蝦夷と曰はれむは天地水の神ぞ平等なる御意に叶ふ無けれ。

寛政五年七月二日
秋田孝季

審丑寅實傳以倭史

史の視点に置くは先づ以て宇宙の推移より日輪の異光・地理の環候・人の故地移住その風俗にて民族の種胤ぞ知るべくに、憶せずその故地に赴きて得らるる多し。

依て萬里の異土縁國に旅立つこと人生の半生を以て審したるは吾等の究史編纂の要たり。依て此の書簡は貴重たり。

抑々六十餘州にあきたらず、尋史の源に萬里を越えて調ぶる故縁は、古代山靼を經て来たる紅毛人の祖國の實態はたしてその言、傳に實なれやとの巡脚なるも死と背合度々たり。依て次図を大事と心得べし。是、吾が筆為す實㝍なり。

寛政五年正月一日
秋田孝季

山靼旅程の道と河 アムル河をゆく

ブルハン神のバイカル湖

スキタイ史跡、アルタイ平原

トロイア大古史跡、ヒサリック丘

オリュンポス山に仰ぐ、宇宙創造の神カオスの山、ギリシア十二神聖境

荒芒たり、アテネ神殿跡

北極に向へて靈窓あるピラミッド

ラア・アメン神、ナイル河遺跡

アラハバキ神國は砂消、ルガル神殿跡ヅグラツト

アラハバキ神國は砂消、メソポタミヤ瀝聖の丘

チグリス川のマデフ

幻映のメッカに祈る、アラビア砂の民

アララト山に聖ノア、萬物生命を救済す

アブラハム神常在せる十戒のシナイ山とカトリーナ

モーゼの海道、濱砂丘バルダブイル

十字架に聖殉せしキリストのゴルゴダの丘

クレタ島グリフィン神の常任地

天竺サールナートのストーバ

ガンダーラ史跡

西王母の天山天池

右図の如く、往来三萬里の大行脚を以て得たる世界の古跡。應永十三年より山靼を經たる紅毛人國への旅に出でたる者二百六十八人に及べり。旅中に死たる者五十九人にて、命脈をかけたる求道の信念たり。

此度の巡脚にては舟乘・馬乘をしてなり。年月を二年八ヶ月にして歸郷を得たり。持參せし紅毛人國の文簡・書巻にては解讀不可にて由なきも、何れの世にか用を為さんやと三春藩に屆けしに火失せり。誠に以て無念やるかたなし。

寛政五年二月十日
秋田孝季

宇宙創因之事

シュメール王ギルガメシュの叙事詩に依る宇宙の創因・ギリシア神祖カオスの哲理に總合せる宇宙創生の發起にては、物質皆無にありきにも重力のみは無重力の重なりにて起り、物質なきが故に重力満度に縮力しその一点は如何なる物質も生ぜぬがままに重力耳の縮力にとどまるなく縮みて相對せるものなく、諸理論の法則も成り立たざる重力密度の特異なる点卽ち、密度無根の重力耳なる徴点が重力縮限界に達し、その原点の反發の大爆力を以て大光熱を空間に爆散せり。

その大光熱にて空間との融合になる素粒子、大雲霞の如く誕生し相互なる物質重力ぞ動きて星とて固型したる諸々の群れぞ今になる宇宙の創生なり。要言せば無重力卽ち、重力を生み重力は縮力を起したる一点より大爆裂を以て反發力を起し、その密度發散に生じたる光熱が空間に融合して生じたる物質・素粒子にて誕生せしは物質縮力にて、星たる固型となり群じて宇宙の天體を構成す。然るにや星も久遠末代に生々なく天喜の年になる星の大爆裂ありぬ。

卽ち星の死は大爆裂し宇宙塵となりて他の星塵と融合し、その子孫星を誕生せしむる生死輪廻を以て現在にありき日輪も星にして吾らが住むる大地とて日輪誕生時なる一萬部の一つになる日輪週辺になる塵にて九星の誕生と相成り地界・日輪の第三惑星なりと曰ふなり。

日輪の光熱を浴すこと適當にして水陸の星となれる故に生々萬物の生命ぞ誕生し、その一種多様分岐に進化せしなかに吾ら人間の誕生せしと説きけるは古代シュメールのアルガメシュの叙事詩及びギリシアなるカオスの神話になる宇宙創生を説きける判断なり。そのアルガメシュの叙事詩に遺れるアラハバキこそ吾等祖先が萬里の彼方シュメールの神を入れたる六千年前の古事ぞ史實たり。

永禄丙寅年八月一日 紅毛人博士ピサロ傳より授講
横内弾正智介
奧瀨土佐守貞直
秋田北浦之介行季
伊達和賀之介宗清
安東太郎大夫愛季
原漢文、各々華押

丑寅日本誕生基山靼流通

我が國の開闢は人祖を以て山靼に在り。世襲に置去りし正傳を甦しべきなり。智識なきは世襲に置去りぬ因となり、作説の史は末代の智識に破れん。神信仰になる信仰・迷信亦、然也。

吾が丑寅日本國の古人にして山靼流通の智識に存し、かるが故に倭史に支障し武威に依りて平征せども、此の國なる智識の潜在ぞ此の後一千年に及ぶとも消滅せるなし。

吾が丑寅日本國史こそ正傳にして、神州日本神皇正統たる神代より一系たるの天皇はなかりき。天皇とは權政世襲執政人の雑系混血にして吾等と血累を異なるなく、神ならず人間なりと覚つ可。

寛政五年十月二日
物部忠祐