丑寅日本記 第三
秋田孝季
荒羅覇吐之由来(原古漢文也)
古代紅毛人國のシュメールと曰ふ國あり。ルガル神を一統信仰せる君民は、ギルガメシユ王の叙事詩になれる神にてアラハバキ神あり。主趣はアラとは獅子神、ハバキは龍神にて地母神とも崇まれ、神の子に誕生せしはアラハバキ神と曰ふ。
此の神の流布せるはトルコ國トロヤ・エジプト國カイロ・ギリシア國オリュンポス・エスラエル國エルサレムなり。此等の國に興りしギリシアのカオス・エジプトのラアーアメン・エスライルのアブラハムらの神々にぞ何れの基たる神の神格はシュメール王ギルガメシュの叙事詩になる土版語印に遺れしアラハバキ神の神格より神格分岐せしものなり。
然るに各々國に依りて神格を異ならしめたり。シュメール神格なるアラ神をスフエクスとせるはエジプト及びギリシアにして、ハバキ神を蛇神とて祀りきはエジプトのみにて、ギリシアにては蛇の化身メドウサとせり。亦エスライルにてはエデンの園にて神の造れし人祖アダムとイバは蛇神に禁断の果實を喰誘されて、神より人は衣食住に大地をさまようになりたり。
罪造るもの多くなりきに、神はその子孫ノアに神託し、ノアの一族及び萬物の雌雄を箱舟を造りて籠れるを告げたり。世笑にめげずノア是れに従へければ大雨洪水を神は起し、世にある生物ことごとく死せり。ノアの箱舟のみアララト山頂に漂着し、世に子孫を遺したりと曰ふは是れ皆々ギルガメシュ王が遺したる叙事詩なりき。
是の神布の域は天竺にも及びアラハバキ神とてヤクシヤア神・ヤクシー女神・シブア神の神格となれり。更には支那に西母卽ち西王母・女媧・伏羲とて傳はり、蒙古にはブルハン神とて傳はりぬ。吾が丑寅日本國に傳はるは是の如き諸々の分岐各々渡り来たりきも、吾が國のエカシらは大元なるアラ神・ハバキ神たる大古シュメールになる神號を神格とせり。
依て茲に銘言す。世界の諸民族に渡れる神の起原になれるは古代ギルガメシュの叙事詩より起りぬ。世々國々になれる信仰の源にはメソポタミアに起りきものなり。是れ卽ちアラハバキ神の事如件。
長保庚戌年八月十六日
日本將軍 安倍頻良
右漢文釋文
天和壬戌年一月一日
坂東氷川神社荒脛巾社
阿部豊後 記
右を更に現代文譯 明治三十年
和田末吉 再筆
古代奥州石神之事 源漢書文
丑寅日本諸國及び倭を越え筑紫に至る石神の數々にこもれる大元は、塔に築くはイシカ神にて、寶殿に築くはホノリ神、湧泉處に築きけるはガコ神なり。代々に移りて人工刻へたるものにては猿石・亀石・人頭石・手型石・水流溝石・棒石・神殿石・語印石等々雑多たるも、その本来になるは人の工刻を加へざるを旨とせるなり。
抑々石神を神とせるは、宇宙より流星となりて地に落たる鐡石をイシカとし、大地に成れる岩をホノリとし、海辺や河巌渓流の苔石らをガコとして何れも天然自然になるを神格せり。世の移るに、人は神を運石し亦、工を加へて成れるは今になる遺物にしてその遺跡多し。抑々石神信仰を以て創まるは古代シュメールのギルガメシュ王の叙事詩になるアラ獅子神・ハバキ地母神より尚古き吾が丑寅日本國の祖人に依りて創む。尚古き神格なりと覚つべし。
太古より古人は山靼を祖先の古地として流通往来せしに、相互なる人の歸化を交じ、更に遠き紅毛人國までも往来せる流通にありければ各々信仰を異にし、是を一統信仰とせるは耶靡堆より落着せる阿毎氏の系にて安日彦王・長髄彦王なり。山靼より都度にして歸化せる人々の各々異にせる神格信仰を一統せるはアラハバキ神に定まりて、茲に一統信仰のなれるは凡そ二千年前の經暦前なりて、吾が丑寅日本國の神となり諸國に越えて信仰さるるなり。
もとより偶像なき天然自然崇拝の神なれど、石神となり更には女人らの器工作より神の像を造れるに至り、雌雄二尊になる神像とて祀りき。亦石神とて人の刻工を加へしものなり。
天文七年十二月廿日
北畠業顯
明治卅年五月
和田末吉 再釋
荒覇吐神像解書
石神仰崇より土を練りて焼造れし神像の工程に是を一定せる掟ありけり。頭部を以て宇宙創起になる暗黒と爆裂、そして明暗の宇宙界を想定せる施工に於て、結髪を以て爆裂を思はしめ結髪中に施す三穴は無重・漂重・結重の力源大暗黒を示し、面相に於ては生死の明暗を眼に想定せり。
首になる玉飾りと見ゆは星々を示し、胸に乳房の施工にては母なる地水の萬物生命を育むる三世界を顯はし、常に神は全能の神通力にありきを示せるの相とて開閉眼一如とせり。双肩は安泰、立脚は不動なる活力なりて双掌は救済と誅罰を意趣せるものなり。
是を古語にしてアラハバキカムイと號けたり。
元和丙辰年九月十九日
大光院 賢覚法印
神託之譜
宇宙の創を説きける大古代なるシュメール國のギルガメシユ王の叙事詩あり。是ぞ古代吾が丑寅日本に渡りたるは古代に創像されたるアラハバキカムイにて傳統さる幾多の例あり。冷暗ありて明を覚り、明ありて熱を覚り、熱ありて爆裂を覚り、爆裂ありて破壊を覚り、破壊ありて復興を覚り、復興ありて生死進化を覚りぬ。同じく見えて同じなきは全てなり。
是、天地水はもとより宇宙の日月星みなながら昨日の時空に同じからず。成長と破壊に輪廻す。人生一代とて三世一界の一瞬間にも足らん。卽ち億兆の時に過ぐれば三世過却の一瞬と覚つベしと、ギルガメシユ王はルガル神を産みにけるアラ神ハバキ神の父母神を獅子と地母に説きたる意趣にありきは強きは遺り弱きは消滅し、母なる大地に生死食生連鎖ありけるを如實なる世の法則とせり。宇宙にても暗黒に吸呑されし星ぞありとも説けり。
是の如き意趣の要に依て、世にある生々萬物を併せなせる神格ぞ遺れり。獅子に翼なせるもの、馬に翼なすもの、蛇・鯉・蜥蜴・鰐・鹿角を併せる龍など亦、人に翼をなせるもの、人と魚を併せしものなどを神とし亦、神なる化身とて創むる故縁は總てみなながら古代シュメール國のギルガメシユ王になる叙事詩に依りけるものなり。
依て吾が丑寅日本國にては百選の末にアラハバキ神とて一統信仰と永く祀られたり。
永正十二年乙亥年九月十九日
相坂土佐
一統信仰之要
荒覇吐神たる一統信仰の儀は古代シュメールに創るアラ神ハバキ神の神格のオリエント諸國に渡りたるルガル神を説きたるギルガメシユ王の叙事詩に依れるものなり。ギリシア神話になる神々の星座、日輪と水を神とせるラアアメン神になるエジプト、亦旧約聖書に説けるノア傳などに抜用されしもの及び支那古代神・西王母神は豊饒なるシュメール農耕國を桃源境と見たてたりと曰ふ。
亦ゲルマン族の女神神格はシュメールなるハバキ地母神を基にせりと曰ふ。世々おくればせ乍ら倭史神話の天照大神女神及びその神詔になる豊葦原云々も然なるところなり。古代シュメール國に創りき女神信仰にありきは是の如きなり。
是を太古に入れたるは丑寅日本國が神と信仰の創めなり。依て六千年前に創まれる石神信仰に創まれるより二千年を經にして渡り来たるアラハバキ神ぞ、能く覚つ置くべきなり。依て彼の國に巡、都度たり。
明和甲申年五月廿日
秋田相川之住人
比内徳兵衛
荒覇吐五王之政
アラハバキとはアラとハバキ卽ち、古代シュメール國之語にそのままに稱さるものなり。
創めに傳へきは晋の郡公子一族の東日流漂着人等にて西王母・女媧・伏羲の神傳、更に古代シュメールのアラ・ハバ・キ神なり。此の國は今は荒莫たる飛砂の下に埋りて幻しなるも、その史跡ぞヅグラットとて瀝聖の丘ありて遺りチグリス川・ユウフラテス川の辺に古代王國たるをバクタット住民に傳へ遺れるなり。通稱、葦の王國にて農耕に秀たる國なり。ルガル神を以て一統信仰としその神祖にあるをアラ・ハバ・キ神なり。
此の國を豊饒なる都とせしはギルガメシユ王なり。中央ジグラツトを東西南北に補王を置き、これをアラ・ハバ・キ五王と號し、國能く治りたりと曰ふ。是の政に習へたるは晋王たりと曰ふなり。
その一族たる晋民の東日流漂着にて、稻作東日流大里に起りしとき、耶靡堆國より阿毎氏なる安日彦王その舎弟長髄彦王、主従大挙して東日流に落着し、晋民と併せて國主國政を創めたり。亦地民をも併せ、茲に日本國と國號し、その政事を晋に習へたり。
然るに地民の長老、是に賛ずる少くは信仰にありて、宇宙なるイシカ・大地なるホノリ・水の一切なるガコの信仰深ければ、是を一統信仰とて地民の神を加へアラハバキイシカホノリガコカムイとて宣しければ、長老皆是れに賛じ、日本國卽ち地語にてチパングと稱讃せり。地族エカシら長日になる談議し、國主に推挙せるは安日彦を主としその補を長髄彦たり。
更に東領主を西領主を南領主を北領主を選びて、その卽位を東日流中山石塔にて挙行せり。世に是を荒覇吐五王之政と、坂東安倍川より越糸魚川を関渓境とし、その以北を日本國と稱す國號とせり。
寛保壬戌年六月二日
荷薩體之住 七十六歲
髙倉勇祐
荒覇吐靈術之事
古代より邪障・怨靈・罪障・魔障・死靈・神罰などにてその除法にて抜障・抜靈せでは、諸々の災難・病難に苦受す。依て茲に古来、荒覇吐神祈禱に於てその法行・法術を傳へ置くものなり。
秘に付き徒らに他傳するべからず。しかと戒め置くものなり。
一、降魔誅伐之事
覚
人心は常にして自他ともに煩悩あり。身住富あれば心貧しく、身辺貧しかるもの心富めり。その富貧にかかはらず生々老い易く、無常は憑み難し。亦、往事の再来に逢ふ事叶はず。唯獨り黄泉に趣くのみなり。
死しては此の世に遺さる財、一毛も持つこと叶ふなし。生々流轉の生涯に造惡して修善なかる者は如何に富めども、生を離れては神が説き示せる生の甦りにも人身をして来世に生ること難し。世に遇ふものは魂魄無きものは生々萬物如何なるものにもなかりけり。生々萬物の種は一種の祖より發しぬれば、人間とてその分岐にて成れるものなり。
神なる天地水の惠にて猿候の類より人間と進化を得たり。天な光熱そして明暗、時の流れに人は人を制し、幾多の爭いに神より賜りし身命を殺戮して權を振いし主たる者はその權に奢り神を己れの如く、尚領民を憂はしめきを、神は平等天秤を狂はし者とて是を天誅す。
歴史の世襲は栄枯の輪を遺せるも、人の特權爭奪は今にして尚止むべく事ぞなし。全能の神通力に無力乍ら權者になる神を無上とし、征地の民に押制信仰なさしめたるも、古来に傳統あるべく神をぞ放棄せることなし。是を反逆臣とて科罪とせる神の法則に報復を怖れざる主權の輩ぞ、その權力も久遠ならず。己が造惡に人の恨靈・生靈にて崩亡す。
神は生々萬物みなながらの父母なればなり。依て是を防がしむが故に靈術を人心に與え賜りぬ。是ぞ荒覇吐神呪術靈法とて遺りぬ。
二、破邪轉法術呪文符
(朱書之事)三、怨靈降魔誅滅呪文符
四、恨敵必殺運開轉呪文符
(右三十七日之間神火投焼之事)嘉禎丙申天九月一日
物部出雲
大呪法法行之事
抑々神に祈りてその呪法をせむに心得べく法行あり。荒覇吐神に従神あり。是を十二神破邪の月神也。
- 一月は饕餮神にて北方に子の刻
- 二月は食人虎神にて東方に卯の刻
- 三月は九首龍神にて東方に辰の刻
- 四月は荒獅子神にて東南方に巳の刻
- 五月は麒麟神にて南方に午の刻
- 六月は飛天馬神にて南西方に申の刻
- 七月は大鷲神にて西方に酉の刻
- 八月は大蛇神にて西北方に亥の刻
- 九月は梟神にて東北方に丑の刻
- 十月は犀神にて南西方に未の刻
- 十一月は蠍神にて西北方に戌の刻
- 十二月は狼神にて北方に寅の刻
右の如く、月と方位及刻限にて呪法為すべし。祈壇は八尺四方に木幣卽イナウを立柱し、連縄を張り中央に神火卽ちヌササンを焚くべし。盛火に至りて呪符を投じ、次に狼糞を投じて封じべし。
呪法終りては必ず瀧水または流水に身體六根を清淨すべし。是、荒覇吐神呪法の秘傳なりて、能く修得すべきなり。
嘉禎丙申年九月一日
物部出雲
荒覇吐神久遠
古代丑寅日本國に一統信仰さる荒覇吐神の信仰も、康平壬寅年九月十九日に厨川落舘より源義家、信仰改めを布令せり。十七日火攻を以て一の郭・二の郭焼失せるも三の郭に火移らず。
火箭六千本放ってようやく炎上せるも、城内にては安倍勢の兵、宗任臣六人残るのみにて兄貞任その長子千代童丸の自刃せるを仮供養に法事とせるところに源軍乱入せり。厨川落にして何事の戦利の財なく、貞任父子の死首を取らんとせるに、千代童丸死首を取るは源氏の武威に損ずるとてその場にて重任、腹一文字に自刃しその介錯を敵將義家に賴めり。
義家曰く、蝦夷は切腹を荒覇吐神信仰に背くとてなさざるものと思ふたに是は如何にと曰せば、丑寅日本の吾が民百萬人の償なりとて苦答せるを、苦しめずとて義家自ら重任を介錯せり。
宗任も同じく自決せんとせるに義家それを制へて曰く、汝を捕ふれども死を赦さず。汝は此の後、都の沙汰済みてより筑紫または南海道に地を與ふを約すとて自決をとどめたり。宗任曰く、安倍氏は今亡ぶとも荒覇吐神の氏子は久遠に亡ばざるとて、京にのぼれり。
ときに安倍勢の追討もなく、仙岩峠を越て生保内城に兵六千を集めて再起せんを、安倍良照是をとどめ兵を解き、その多くは東日流に移り藤崎及び十三湊に安東氏とて再起し、水軍とて筑紫松浦に安倍宗任が起したる松浦水軍と交し、平家に援じて源氏は亡びたり。安東水軍、山靼に支那揚州に交易し代々安泰たり。
享和壬戌年八月卅日
小野寺忠介
荒覇吐神疑問答書
古代丑寅日本國に創まれる信仰は、イシカと曰ふ天になる一切の神格卽ち、宇宙にあるべく天體の總てなり。次にイシカの下になる大地の一切卽ち、山になる火山・地震そして生々萬物の一切・季節の推移そして生死の定離にある一切を司どるをホノリと曰ふ。亦ホノリの下にガコあり、水の一切を曰ふなり。
ホノリとガコの結合に依りて起るは萬物生命體構成ならしむ生命體なる進化とし、水藻は菌より成長し、水藻より草木への成長ならしめたるものなり。水をして萬物の成長なき故に、古人は天地水卽ちイシカ・ホノリ・ガコを神格なさしめてカムイとせり。是ぞアラハバキ神の至らざる古人自ら天地水の一切を神とせし天然自然への崇拝たり。
神處の聖地と定めたるは東日流中山の石塔山にして、カムイの石塔を建立せしめたる五千年の歴史に加へたるは山靼渡来人・晋の郡公子一族の漂着に依り、古代シュメール國に起りしギルガメシュ王のアラ・ハバ・キなる神に依れる傳教にて、シュメール農耕と俱に諸國に神格を異にせるも、基はギルガメシユ王の叙事詩に説かれしアラ・ハバ・キの神格なり。
支那にては西王母・女媧・伏羲、エジプトにてはスフインクス・ラー・アメン神、ギリシアにてはカオス神からなる神話の神々を宇宙に画き、エスラエルにては神を天に奉り地にアダム・エバの人祖とし、地中海・エーゲ海に起りし古代オリエントの信仰の原礎となれり。是れぞスキタイに渡りアルタイよりブリヤートを經て興安嶺に境流せる黒龍江を流鬼國に至り、渡島より東日流に至れる紅毛人の流布せる諸信仰と山靼人に依れる諸信仰の礎なせるアラ・ハバ・キに定着信仰を固定せり。
卽ち是ぞ丑寅日本の一統なる信仰たるアラハバキイシカホノリガコカムイと唱奉る荒覇吐神信仰なり。是ぞ諸事疑に答ふ定説なる答へなり。是卽ち一統正傳如件。
長亨丁未年二月廿日
大伴義山翁
荒覇吐王移殿之事
東日流、宇曽利、怒干怒布、爾薩體、飽田、仙北、庄内、菊陀、道口岐閇、石背、石城、師長、須惠、馬来田、伊治、来朝、建部、和賀、黄海。
安日彦王一世以来、王居是の如く移りぬ。中央なる王居ぞ五王の間遠くなりてはその間に間に驛を造り、縣主・郡主を置きて治領密とせり。
荒覇吐五王政之治領図
坂東、山靼、流鬼、中央王、南王、郡主、東王、縣主、北王、郡主、西王、縣主
應長辛亥年七月二日
物部玄馬
奥州迴遊之詞
寒冬季氷雪、流鬼渡峽、
入黒龍水戸、上下氷結大國。
萬里彼方續、紅毛人國為。
黒龍変白龍、大河道、自古
往来至渡島國、東北千島
寄々至神威茶塚國、更
在千島、至角陽國。為野鹿
追季節大群、山野横断、轟
鹿蹄音里程、河流赤鮭
泳登染紅、流動夜虹天。
住人、一枚張打鼓、居雪籠。
自此國皆、吾祖同血累也。
東日流、日本國在中央。自人
祖續、七萬年乃至十五萬年。
古事来歴、稱日本國。玄武
萬里、白虎萬里、青龍萬里、在
未踏島、未知大國。是總丑寅
日本國號國名也。
安和戊辰年八月六日
大伴達明
日本將軍宣布之事
宣
夫丑寅之日辺國、號日本國。位古来荒覇吐王為、来歴無外、是世々國泰平。然倭國之上毛野田道臣侵此國、以来於都度密侵。在倭人探者謀、倭官略日本、攻伏為穏謀奸策。
依茲改舊政、為國防人設関備柵、改荒覇吐五王之政、宣日本將軍、民皆兵、以末代此旨外帝通達、為和交計國益、侵魔之倭人、断侵入可兵馬之防人練兵、以國勢向備、常國挙皆兵心得可。
唐帝髙祖之武徳辰年
日本將軍 安倍安國
報恨討晴之事
康平五年、於厨川柵、日本將軍安倍厨川太夫貞任、遠祖安日彦王、爾来之治國、日本將軍之國權崩亡。茲一族四散、其遺族多脱東日流藤崎。
貞任次男髙星丸、茲再興改姓安東十郎髙星稱名、従臣髙畑越中・菅野左京等、欲源軍誅滅之報復、興東日流十三湊安東水軍、山靼交易、支那揚州交易、為振興得大益。
茲安倍祖来之遺金併得巨萬富、瀨戸内於大島安東堯秀會平清盛、源氏討伐之軍資約援、上軍資、宇曽利採金二萬両屆平氏。依平氏強兵馬之權優源氏、誅源家。
安東水軍茲益々隆興、山靼及支那満達通商擴大、開渡島海産益々富地民也。
正和甲寅年六月十七日
京師管領判官
安東太郎貞季
平等教院之事
安倍一族之墓處、以秘東日流石塔山、處在安倍宗家為菩提供養給、然故深山秘境參拝難、藤崎鬼門方為凶封護寺平等教院建立、是供養寺更十三湊阿吽寺・隆興寺・長谷寺・三井寺・禅林寺・神護寺等、為従法場益々安東一族隆興。
文正丙戌年十月一日
天眞名井宮卒
和田式部